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東京地方裁判所 平成6年(行ウ)331号 判決

原告

岩崎守倫

外四名

右原告ら訴訟代理人弁護士

加藤晋介

被告

農林水産大臣

大河原太一郎

右指定代理人

徳田薫

外三名

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  原告らの請求

一  主位的請求

被告が平成六年八月二二日付けでした農林水産省令第五三号による植物防疫法施行規則一部改正処分を取り消す。

二  予備的請求

被告が平成六年八月二二日付けでした農林水産省令第五三号による植物防疫法施行規則一部改正処分が無効であることを確認する。

第二  事案の概要

本件は、被告が植物防疫法施行規則(以下「本件規則」という。)を一部改正(以下「本件改正」という。)してアメリカ合衆国(ハワイ諸島を除く。以下「米国」という。)産ゴールデンデリシアス種及びレッドデリシアス種のりんご生果実の輸入を解禁したのに対し、りんご等の生産農家である原告らが、被告による本件改正には米国におけるコドリンガ及びアメリカリンゴコシンクイ等の病害虫駆除技術水準を十分な検証を経ないままに過大評価する等の違法があり、かかる本件改正の結果、これら病害虫が我が国に侵入して原告らの栽培果樹に被害が及ぶ危険があるとして、主位的に本件改正の取消しを、予備的に本件改正の無効確認を求めている事案である。

一  植物防疫法及び本件規則の規定

植物防疫法は、輸出入植物及び国内植物を検疫し並びに植物に有害な動植物を駆除し及びそのまん延を防止し、もって農業生産の安全及び助長を図ることを目的とする(同法一条)ものであるところ、同法七条一項柱書、一号は、本件規則で定める地域から発送され、又は当該地域を経由した植物で、本件規則で定めるものについては、何人も輸入してはならない旨、同条四項は、被告が本件規則を定めようとするときは、あらかじめ公聴会を開き、利害関係人及び学識経験がある者の意見を聞かなければならない旨、同法八条一項本文は、植物又は輸入禁止品を輸入した者は、遅滞なく、その旨を植物防疫所に届け出て、その植物又は輸入禁止品及び容器包装につき、原状のままで、植物防疫官から、輸入禁止品であるかどうか等についての検査を受けなければならない旨、同法九条三項は、同法七条の規定に違反して輸入された輸入禁止品があるときは、植物防疫官は、これを廃棄する旨、それぞれ定めている。

また、本件規則九条は、同法七条一項一号の地域及び植物を別表一のとおり定めると規定し、別表一の四の項は、「地域欄」にアメリカ合衆国(ハワイ諸島を除く。)を、「植物欄」にりんごの生果実を掲げている。

そして、本件改正前の本件規則別表一の四の項は、「地域欄」に掲げた地域からりんごの生果実を例外的に輸入できる場合として、ニュー・ジーランドから発送され、他の地域を経由しないで輸入されるガラ種、グラニースミス種、ふじ種、ブレイバーン種、レッドデリシアス種及びロイヤルガラ種のりんごであって被告が定める基準に適合しているものを掲げていた。

二  当事者間に争いのない事実等

1  我が国は、昭和四六年、りんご生果実の輸入を自由化したが、米国には我が国において未発生の病害虫であるコドリンガが存在することから、本件改正前まで、米国から発送されたりんご生果実を本件規則をもって輸入禁止植物と定め、その輸入を禁止していた。

2  米国は、我が国に対し、前記りんご生果実の輸入禁止措置の解除を要請していたが、我が国は、米国に前記コドリンガや、我が国において未発生の病害である火傷病及び未発生の病害虫であるアメリカリンゴコシンクイが存在することを勘案して、これらの病害及び病害虫が我が国に侵入しないよう、米国に対し、殺菌、殺虫等の検疫措置を講ずることを要求していた。

3  被告は、米国が前記病害及び病害虫の殺菌・殺虫技術を開発し、これらの病害虫等が我が国に侵入するのを防ぐための妥当な検疫制度を確立したと判断し、平成六年七月七日及び八日に、植物防疫法七条四項が規定する公聴会を開催した上、同年八月二二日に、本件規則別表一の四の項「植物欄」中、「りんごであって農林永産大臣が定める基準に適合しているもの」の下に「並びにアメリカ合衆国から発送され、他の地域を経由しないで輸入されるゴールデンデリシアス種及びレッドデリシアス種のりんごであって農林水産大臣が定める基準に適合しているもの」を加えるとの本件改正を行い、もって米国産のりんご生果実の我が国への輸入を解禁した。

三  争点

本件の争点及びこれに関する当事者双方の主張の要旨は、以下のとおりである。

1  本件改正が行政事件訴訟法三条二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たるか否か。

(一) 原告らの主張

立法と行政を画一的に区別した上で、行政立法は、行政庁の行う立法作用、すなわち一般的抽象的法規範の定立にとどまるから、行政事件訴訟法三条二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(以下「処分」という。)ではないとする見解は、一方において立法の個別化、具体化が進み、他方で行政に対する立法の委任が進む現状では妥当ではない。これを本件規則についてみれば、植物防疫法七条一項柱書、一号は、本件規則で定める地域から発送され、又は当該地域を経由した植物で、本件規則で定めるものについては、何人も輸入してはならない旨定めており、右輸入禁止を解除する際には、被告が当該地域及び植物について検疫技術が確立したかどうかを専門技術的見地から検証した上、本件規則を改正してその別表から当該地域及び植物を除外することになるから、同法は事実上被告に輸入解禁の許可権限を与えたものというべく、本件改正は実質的には輸入許可処分とみるべきである。

また、同法の目的は、有害動植物の侵入を防止し、もって農業生産の安定及び助長を図る点にあるところ、りんご等の栽培をしている原告らは、植物検疫体制が十分確立しないまま、有害な病害虫の危険を伴う輸入がなされるときは、これによってその栽培果樹が侵害される具体的危険があるのであるから、原告らのような果樹栽培農家こそが本件改正の実質的名宛人であるというべきであって、本件改正に形式的には名宛人がないことをもってその処分性を否定するのは妥当ではない。

したがって、本件改正は、処分に当たるものというべきである。

(二)  被告の主張

処分とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものを指すというべきであるが、行政庁の行う立法作用は、一般的抽象的な規範の定立にとどまるものであって、国民の権利利益に具体的変動が生ずるようなものでない限りは本来的な行政作用に属さず、右にいう処分に該当しないものと解すべきである。本件改正は、一定の基準の下に米国産りんごの我が国向け輸入を解禁するという一般的抽象的規範を定立したものであって、原告らを含め国民の権利利益に具体的な法律的変動をもたらすものではないから、処分に当たらないものというほかはない。

2  本件改正が処分に当たるかどうかを問うことなく、原告らがその無効確認を求めることは許されるか否か。

(一) 原告らの主張

原告らは、国民の生活の基盤を支え、我が国の独立・自立を支えるにとどまらず、適地において適切な農業を行うことによる環境保全や人類の共存を図る上で重要な農業を他から脅かされず営んでいく権利、すなわち、「営農権」というべき権利を有しており、右権利は、幸福追求権を定める憲法一三条、職業選択の自由を定めた同法二二条、生存権を定めた同法二五条等によって位置づけられる具体的権利であると解すべきである。

しかるに、本件改正は、原告らの右権利を違法に侵害するものである上、本件改正の過程において開催された公聴会は極めて形式的で、その改正手続には憲法一三条、三一条違背の点も存するから、その内容及び手続の両面で違憲かつ無効というべきである。

そして、裁判所の違憲審査権について定めている憲法八一条は、その対象を「法律、命令、規則又は処分」と規定しているから、立法行為自体も右審査の対象から外れるものではないと解すべきところ、行政による立法行為だけが右審査の対象から外され、行政訴訟でも民事訴訟でも争えないとする解釈は同条の許容するところではないというべきであるから、行政立法も右審査の対象になると解すべきである。

したがって、仮に本件改正が処分に当たらないとしても、原告らは無効等確認の訴え(行政事件訴訟法三条四項)の準用によって、又は無名抗告訴訟として、その違憲無効を争うことができるものというべきである。

(二) 被告の主張

裁判所法三条一項は、裁判所は、日本国憲法に特別の定めのある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する旨規定しているところ、ここにいう法律上の争訟とは、特定の者の具体的な法律関係や権利義務に関する紛争と解される。

しかるに、本件改正についてその処分性の有無を問題にすることなく、一般的に無効の確認を求める争訟は、右にいう法律上の争訟に当たらないというべきであるから、原告らが無効等確認の訴え(行政事件訴訟法三条四項)の準用や無名抗告訴訟として本件改正の違憲無効を争うことは、我が国の司法制度上許容されていないものというほかはない。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件改正の処分性の有無)について

1  前記第二の一に記載した植物防疫法及び本件規則の各規定の内容をみると、本件改正は、植物防疫法の委任に基づき、本件規則の別表を一部改正し、米国から発送され、他の地域を経由しないで輸入されるりんごの生果実のうち被告が定める一定の基準に適合するものを輸入禁止品から除外する旨の一般的、抽象的な規範を定立したものであるから、立法行為の性質を有するものというべきである。

2  ところで、行政事件訴訟法三条二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」とは、行政庁の行う行為のうち、本来的な行政作用の性質を有する行為を指すものと解すべきところ、行政庁の行う立法行為は、法律の委任に基づく立法作用としての一般的、抽象的な規範の定立であって、本来的な行政作用に属さないというべきである。

そうであるとすれば、本件改正のような立法行為は、それがたとえ行政機関によってなされたものであり、かつ、その効果によって一定の範囲の国民の権利義務ないし法的地位に直接具体的な影響をもたらすものであっても、原則として右にいう処分とは認められないものと解するのが相当である。

3  この点、原告らは、植物防疫法の委任に基づいて被告がした立法行為である本件改正は、実質的には被告によるりんご生果実の輸入許可処分というべきであるから、処分に該当すると主張する。

仮に、原告らの主張するように、立法行為であっても処分に当たる場合があるとすれば、抗告訴訟の一類型として取消訴訟を規定し、その手続を定めている行政事件訴訟法の趣旨からして、右立法行為に瑕疵があることによって違法に権利を侵害されたとする個々の国民は、その瑕疵が重大明白なものでない限り、取消訴訟を提起する方法によってしかその効力の排除を求めることができないことになる。

しかしながら、一般的、抽象的な規範を定立するという立法行為の性質にかんがみれば、立法行為の効力は、有効か無効かのいずれかであるべきであって、瑕疵ある立法行為によって違法に権利を侵害された者は、直接その無効を前提とした現在の権利関係を主張することが許されるものと解すべきである。

そうすると、立法行為を処分と解することは、一般的、抽象的な規範の定立という立法行為の性質に反するのみならず、個々の国民がその効力を争う機会を、行政事件訴訟法一四条に定める出訴期間内に限定することになり、かえってその救済の範囲を狭めることにもなりかねず、相当ではないから、立法行為に処分性を認め、取消訴訟によってその取消しを求め得るとすることは、その理由も必要もないというべきである。

もっとも、極めて例外的に、行政機関がした立法行為が、形式的には一般的、抽象的な規範の定立という形式をとっている場合でも、その実質が、専ら特定の個人に向けられた法の執行行為にほかならないといえるようなときには、いわば、立法行為の形式を借りて処分が行われたものとして、当該行為が処分に当たるものと解する余地が全くないわけではない。

しかるに、本件改正は、前記のとおり、米国から発送され、他の地域を経由しないで輸入されるりんごの生果実のうち被告が定める一定の基準に適合するものを輸入禁止品から除外する旨の一般的、抽象的な規範を定立したものであって、その対象は特定の個人のみに向けられているわけではないから、その実質を立法の形式を借りた処分とみることもできない。

以上みたところに照らせば、本件改正を処分と解することはできないものというほかはなく、この点に関する原告らの主張は失当である。

二  争点2(一般的に本件改正の効力について裁判を求めることができるか否か)について

1 裁判所法三条一項は、裁判所は、日本国憲法に特別の定めのある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する旨規定しているところ、ここにいう法律上の争訟とは、当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であり、かつ、それが法律の適用によって終局的に解決し得べきものであることを要するものと解される。

しかるに、かかる具体的な事件性の有無を問題にすることなく、一般的、抽象的に立法行為等の憲法適合性を審査することを求める争訟は、右法律上の争訟に当たらないし、他にかかる争訟を許す法律の規定もないから、原告らが本件改正についてその処分性を前提にすることなく、無効等確認の訴え(行政事件訴訟法三条四項)の準用や無名抗告訴訟によって、それが違憲無効であることを一般的、抽象的に争うことは許されないものというほかはない。

2  この点、原告らは、原告らは「営農権」を憲法上保障されているところ、本件改正は、原告らの右権利を違法に侵害しているし、本件改正の手続にも憲法違背の点があるとした上で、憲法八一条はその対象を「法律、命令、規則又は処分」と規定しているから、行政機関による立法行為も違憲審査の対象に含まれ、右審査のためにその処分性の有無にかかわらず本件改正を無効等確認の訴えないし義務付け訴訟で争う道を認めるべきであると主張する。

しかしながら、仮に原告らの主張する「営農権」なるものが憲法上何らかの保護の対象になり、本件改正がこれに何らかの影響を及ぼすものであるとしても、そのこと故に、具体的な事件性の有無を問題にすることなく、一般的、抽象的に本件改正の憲法適合性を審査するよう求める争訟が適法なものとなるものでないことは明らかである。また、このように解しても、原告らは、自己の憲法上の権利が侵害された場合には、これを理由に何らかの民事訴訟等を提起すること自体は可能であるから、原告らの権利救済の方途を全く閉ざすことにはならないものというべきである。

したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。

三  結論

以上のとおりであるから、原告らの主位的請求はその取消しの対象が処分性を欠き、予備的請求は事件性の要件を欠くことに帰し、その訴えはいずれも不適法であるので、これを却下することとする。

(裁判官竹田光広 裁判官岡田幸人 裁判長裁判官秋山壽延は転補につき署名捺印できない。裁判官竹田光広)

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